- ■1996年ごろ
- 身内がWindows95を購入し、インターネットをはじめたのをきっかけに、PCを使わせてもらう。インターネット初体験である!
※当時のネット模様…当時はアナログ接続が一般的。
- ■同年夏ごろ
- 「ホームページってどう作るんだろ?」という興味から、プレインストールされていた「ホームページビルダー」(当時のバージョンは不明)で、大変シンプルなサイト制作に初挑戦。
ついでにGIFアニメというものにも挑戦。現在そのデータはどこかに残っているかも。(使用ソフト:GIFCONだったと思う)
※当時のネット模様…まだパソコン通信も残ってました。(PC-BANとか)
- ■同年11月10日
- ついに念願のサイト初後悔…ならぬ公開!
やっぱりローカルで作ったものをFTPアップロードして、接続してからURL打ち込んで見るあの感動!うれしかったっすねぇ。ただ単純にそれだけのことですが。
※当時のネット模様…たしか、InternetExplorerも、Netscapeも、バージョン2.0xか3.0xあたりだったと思う。
- ■それ以降
- とにかく、作ることが楽しくて楽しくて。夜寝る間もおしかったくらい。で、がんばりすぎたら、ある人から「○○○のホームページって異常だよね」「そうだよね」と言われているのを小耳でキャッチ!
以後、ちょっとした「トラウマ」となる。がんばりすぎるのもよくないらしい、と実感。
後日談。そのことについて「どういう意味だったの?」と聞いたら「ほめたつもりだった」と。呆れてものも言えません。
- ■翌年以降…(年月不詳)
- HTMLを経て、次に興味を持ったのがCGI。当時、CGIといえば「レスキューWeb裏技」、「レスキューWeb裏技」といえばCGI。
そこでもかなり学ばせていただきました。アレンジもさせていただきました。
これは個人的な意見ですが、すでに作られていて、フリーソフトで無料配布されているものを、ちょこっとアレンジしただけで「私が作りました」というようなことを書いている人も少なからずいて、(これは屁理屈ですが)「それでは制作者に失礼ではないか!」と、ちょっと憤慨したこともあります。
やっぱり「○○が作りました」というのは、オリジナルの作り手に対して、大変に失礼だと思うわけです。
ですので、かたいこと書きますが、アレンジャー(改造者)のシグニチャー(署名)は、オリジナルの下に小さめに入れるのがベスト。
私の作ったものにそうしてくれ、というだけでなく、無料で優秀なCGIソフトウエアを提供してくださる作者への、せめてものお礼の気持ちになると思います。
余計な話が長くなりましたが、現在はオリジナルCGIソフトウエア制作の仕事をしています。デザイナーより地味〜ですが、裏方のほうが性に合っているようです。
- ■おもなコンテンツ
- 当時は「ドラゴンボール」にめちゃくちゃ熱中していたので、もちろんそれをメインにすえました。その他アニメ・コミック関連のコンテンツを少々。
その後、旧友人のSMAP好きページもコンテンツに加えるも、どうも友人とは折り合いが合わず、決裂。まぁしゃあないわな。
頼まれて作ったものに文句ばかりつけられちゃ、こっちだってやってられません。(愚痴)
- ■SMAPコンテンツ・その後
- とりあえず、こっちで作ったものだけは少し残しておきましたが、やっぱりSMAP、強いですね。だってメインのコーナーより訪問者数が多かったみたいですもん。
うれしいような、正直うれしくないような、ですね。
やっぱり自分が入れ込んだものをたくさん見にきてくれたほうが、うれしいですよ、正直な話。
- ■ドラゴンボールコンテンツ・その後
- 著作権とかひっかかる、と承知しつつも、実は隠しページに画像とかアップしてました。パスワード制限はしていたものの。これはちょっと、後ろめたかった。というかそういうことをしてはダメだったんですけどね。
地道にやっているのが、正直バカらしくなりました。
だって私、TV放映のあと「今週のGT」とかはテープ起こしして掲載してましたもん。あーバカバカしい(自虐的)。その上その地道さを「異常」呼ばわりされちゃあねぇ…。
このころは、1997年暮ごろにドラゴンボールGTが終了、鳥山明の作品リスト更新も一旦ストップ。
1999年ごろは鳥山明作品リストほかを少々更新するだけにとどまりました。
- ■1999年暮〜2000年初頭
- 正確な年月は忘れてしまいましたが、一時「魚国屋本舗」としてのコンテンツを閉鎖。趣味で楽しく長く続ける、という目標よりも、いつのまにか「自己顕示欲」という、おかしな目標のために更新しているのが見えてきました。
そういう目標をもってしまうと、体力精神力的にも(更新することが)かなりきつくなりました。仕事で時間的余裕が無くなったのも、継続しにくくなった理由のひとつ。
仕切り直そうと思い、2000年4月ごろに再開。しかし、特別更新したコンテンツもほとんどないまま、現在に至っています。
- ■2000年春頃〜2001年夏前
- サイトの名称を「魚國屋-うおくにや-」に改称。並行して「無料ホームページ宣伝サイト ゆ〜ねっと」を初公開。
「ゆ〜ねっと」はそこそこ訪問者や登録者もあり、CGIの試験的制作も兼ねての公開でした。
しかし、制作・公開目標があいまいだったためと、楽しむ、というより事務的な作業量が多くなったため、継続が苦しくなりました。
そして、「うおくにや」は更新が止まったまま、「ゆ〜ねっと」も2001年夏前に、閉鎖のはこびとなりました。
次のような名言(?)があります。
「自分のサイトも満足に更新できない人は、(著作などの)権利について主張することはできない」
果たしてそうでしょうか。自己の趣味サイトをやむなく継続できなくなるケースはたくさんあると思います。
これを言ったその人は、ホームページを公開して約5年、月1回の更新だそうです。
やはり、上のようなことは言うべきことではない(たとえ正論であっても)と私自身は思います。なにより、多くの「継続したいけど、できない」人たちに対して、失礼だと思うのです。
「継続は力なり」とも言いますが、それだけを自慢されてもなんだかなぁ、と思うわけで…。
- ■2000年10月〜2002年6月(サイト継続中!)
- 本業サイト「スタジオリバティ」を公開。こちらは仕事実績紹介のほか、日々の雑記とデジカメ画像を気ままに更新しています。
どのようなサイト構築をお手伝いしているか、スタジオリバティにもぜひ一度お立ち寄りくださいませ。
- ■2004年9月〜2005年11月
- 個人事業もなかなか思うようにいかず、結局普通に就職することに。それにともない「スタジオリバティ」も一旦休業とさせていただきました。
家族の事情等で2005年夏、退職。その後はPCに向かいながら、今後のことを模索中。再びCGIやらインターネットのニュースや技術などに興味を示して再開したコンテンツも有り。
現在は某大手ネット商店街のブログにも参加。ネットの技術は日進月歩ですな。
2002年6月18日に「ヒストリー」をアップ。おいおい修正、追加していこうと思っています。
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